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片付けが苦手だ

部屋の片付けというタスクが今優先順位トップで脳内に鎮座している。

別に嫌いなわけじゃないんだ。ただ苦手なだけ。

その二つがどう違うんだって言われると割とどうしようもないんだけど、こう言い換えた方が何かとポジティブな気がするから毎度言い換えてる。

片付け。僕は一人になるとなんか思考が内向的になってしまって急にポエムとか書き出してしまう感じなので、一人で作業するってことがそもそもあまり得意ではないんだよね。だからよくカフェとかに行ったり、友達と進捗会とか黙々会をしたりする。

でも、片付けは自分の部屋でしかできない。散らかった部屋に友人を招き入れて一緒に片付けするわけにもいかない。ノマドワーカーの敵!

そんな気持ちを込めて、友人に「片付けってさ、自己と向き合う作業だよね」と言ってみたら「は?」という顔をされた。

自分の周りにいる友人たちはそもそも片付けとは「ある日突然したくなること」らしい。なにそれ便利。

いや、綺麗にしたくなる気持ちはわかる。ただ、そこから先のステップを想像すると、気持ちが萎えてしまうのさ。

片付けしよう、って思った時に、例えば床に散らばったペットボトルが目に入る。ああ、これはとりあえず全部周りの皮(?)を剥いで、洗ってゴミ袋に入れなきゃなあ、なんて考える。その間に、今度はプリント類が目に入る。これは一枚づつ仕分けしなきゃ。仕分けしてどこに置こう。クリアファイル? 100均に行ってケース買ってこようかな? と考えてるうちに今度はコード類が目に入って、片付けの過程を想像して、たくさんありすぎる... とパンクする。考えるだけで疲れちゃう。

まあ一つづつやればいいのはわかっているのよ。気持ちの問題。とっかかりが大切。

世間で言われる言葉に合わせてひらたくいってしまえば、ADHDなのよね。

治るもんだとは思ってないし、自分の気持ちの持ちようとか、工夫でどうにかしなきゃと思ってる。

さて、、やる... か?

言いたいことが言えないSNS

TwitterFacebookなどのSNSで投稿するってことは、その投稿が複数の人の目に触れるってことだ。

もちろん投稿するときはそのことを意識しながら文章を書くわけだけど、それが過ぎるとなんにも書けなくなるっていうのは割と多くの人に共感してもらえる気がする。

いわゆる「リア垢」とかを分けてる人は別かもしれないけど、少なからずSNSにはリアルで知ってる人がいる。背景や性格を知ってる人がいる。どんな仕事をしてるかとか、何が好きで何が嫌いか、こんなのリアルで友人じゃなくても知ってるか。

まあともかく、そんなのを一つ一つ検証して、炎上を恐れる有名人のように一人一人に当たり障りのないように... と気をつけようとすると、結果的に何も書けなくなる。

書けるのはそれこそ「起きた」とか自分に関する何気ないことだけだ。僕にとって、そんなSNSはひどく窮屈に感じるし、そんな風に気にしてしまうならむしろSNSなんてない方がいいとさえ感じる。

自由を奪い取られた感じがするんだ。それを書けないことで、自分が何か悪いことをしているような。意味のない罪悪感。

実際、たとえばあるミュージシャンが嫌いな人がいたとして、その人の前でその話題を出すのは粋じゃないだろう。相手からすれば嫌味にも感じるよね。そのミュージシャンの話題以外にも、その場の全員を楽しませるような話題はあるだろうし、できるだけ誰かが気持ちを害するような事態は避けるべきだ。

でも、SNSではそういう気配りはできない。できるとしてもかなり面倒だし、そもそもお互いの好き嫌いなんて知らないままつながっていることだって多い。

だったら万人受けする話題だけを書くしかないのか。でも万人受けする話題ってなんだ?

結局そんなのほとんどないってなる。だから、SNSではそんな状況を使う人全員が理解して、情報を受け取る側で目や耳を自分で塞ぐしかないんだと思う。

SNS慣れしていないと、必要以上に自分のことを言われているようにとらえがちだけど、あまり共感できないなと感じる投稿に出会ったら、今相手が見ている世界に自分はいないんだな、そんな余裕ないんだなと思ってスルーするのもいいと思う。

そして、許すこと。その話題は自分がいない時にされたものだから。

そのくらいの心持ちの方が、うまくこの情報過多な時代を渡っていけるんじゃないか、なんて思った。

「人脈を広げたい」に違和感を感じる

多分これは僕がそういう人々の中にいることが多くなったからなんだけど、最近よく同年代から「人脈を広げたい」とか「多くの人と交流するため」とかいう言葉を聞くようになった。僕が違和感を覚えるのは、それが何かのイベントとか、活動の目的になってるパターン。それってすごく曖昧というか、突き詰めてないよね? と感じる。つまり、「広げた人脈で何がしたいの?」という話。イベント行く時にそういう目的を言っちゃってるような人で、それにちゃんと答えられる人っているんだろうか。すごい人ってみんな人脈広いし、自分もとりあえず人脈広げとけば何とかなるよねとかそんな感じに見える。

僕が思うのは、本当に自分がやりたいことに集中していれば、自然に人脈は広がるだろうし、たとえ自分が広くなくても他の誰かが見ていてくれるからその人の紹介で何とかなるっていうこと。「人脈広げに来ました」っていうより、「このお話に興味があってきました」という理由でイベントにも参加したほうがどれだけ他の参加者にも良い印象を与えられることか。人脈は後から付いてくるものだと思うので、「人脈を広げたいです」という理由は僕はあまり好きではないです。

「ココス」のコーヒーも侮れなかった話。

前にこんな記事を書いた。

acomagu.hatenablog.com

そんなわけで自分はガストのコーヒーがそこそこ好きで、この時から割と通っているのだけれども、

少し前に友人から貰った「モンブラン半額券」に惹かれて、ココスに行ってみることにした。

で、ドリンクバーを頼んだわけですけれども。

こちらのコーヒーもそこそこ美味しかったという話。

なんなんだろう。今のファミレスはみんなコーヒーに力を入れているのだろうか。

取り残されていた感。

「シャッツキステ」というメイドカフェに行ってきた

AVTokyoの日は当日中に帰る予定だったのにバスが取れず、急遽、東京で一日泊まることにした。

泊まると言ってもカフェで夜を過ごしただけだったけど。

で、いろいろありはんだごてが欲しくなったりして、次の日バスまでの時間にふらっと秋葉原に行くことにした。

池袋で傘を無料で配るおじさんと話したりしてから、丸ノ内線淡路町へ。そこから10分ほど歩いて、秋葉原の電気街に着いた。

結局はんだごてを見るのは忘れて、あきばおーでオーディオケーブルを何種類か買った。無駄遣い。中古PCとかも見て回った。

いろいろ歩きながら、ふと、友人と前に秋葉原に来た時、メイドカフェに行こうと言って結局行かなかったことを思い出した。理由はなんだかんだだ。自分も友人もあまり積極的な人間ではないし、そもそもアニオタでもAKBファンでも何でもない、つまりは「秋葉原」という街に電気関係でしかつながりが無いような人間だった。

そんな二人の間に「メイドカフェ行こう」なんて話が出たのも、単なる好奇心。そんなわけでその時は結局うやむやになっておじゃんになってもなんにも不思議ではない状況だった。

ふとその時のことを思い出して、僕は「今度こそ」行く気になっていた。だって気になる。いやちょっと怖かったけど。せっかく可愛らしいメイド服を着たある一人の女性の店員さんが僕に「お帰りなさいませ、ご主人様☆」なんて言ってくれているのにうまい返しが思いつかずその場をしらけさせてしまったらどうしよう。きっとその一店員さんは少なからず心に傷を負うだろう。やばい。コミュ力無いのどうにかしないと。

でも行くしかない。だってきっと僕のコミュ力無いのは時間が解決してくれる問題じゃない。つまり、いつ行ったって同じってことだ。今行かなければ、この好奇心はいつまでも膨らむばかりだ。

というわけで、でもやっぱりガチガチのメイドカフェとかに行く勇気はなく、比較的オムライスにケチャップでメッセージを書かれたりしなそうだった「シャッツキステ」というお店に入ることにした。ここは正式には「私設図書館カフェ」とも名乗っており、その名の通り入るとまず大きめの本棚が目に入る。ちなみに入るときには「ご主人様〜」ではなく「ようこそお越し下さいました!」みたいな感じだった気がする。よかった。反応しやすい。

お好きな場所にお座りくださいと言われたので、端の方に一人で腰を落ち着けて店内を見渡してみた。外の光は入るのだけれども、景色はギリギリ見えないようになっており、心地よい非現実感を出していた。暗くはないけれども一つ一つの家具や小物がよく雰囲気を演出していて、まるでぐりとぐらの世界に入り込んだような、楽しさが溢れる空間。そんな空気を最も作り上げているのがメイドさんたちで、仕事がないときは二人のメイドさんがいつも、店の真ん中でとても楽しそうに何かのお話をしていた。かなりマニアックな話をしていたんじゃないかと思う。2時間くらいは店にいたが、一度もその話の内容についていけたことはなかった。アニメの話、マンガの話、その他謎のお菓子の話(?)... 途中から相席した方も、それまでずっと聴いていたのに「全くわからないですね...」とおっしゃっていたので僕だけ特別知識がないわけじゃない(はず)。ただ常連さんの中にはわかる方もいるようで、時々話に入ったりしていた。

ただ、彼女らの話を聞いているとなぜかほっこりするのだ。内容は全くわからなくても、メイドさんたちが楽しそうに全力でオタ話を展開してくれていると、こちらが安心してしまう。兎にも角にも、おかわり自由のセイロンティーをおいしくいただきながら、たまたま相席した方との出会いを楽しむには最高の空間だったのだ。帰る時間にはすっかりこの場所を好きになってしまっていたので、また来ますと伝えて店を出た。物語の中のようなお店と、個性が強すぎるメイドさんたち。その組み合わせが本当に滑稽で、楽しくて、夢を見ていたようだったと、店を出てから振り返った。

http://schatz-kiste.net/index.html

パスタで衝撃

やっぱり衝動と衝撃に任せて書きなぐるのって最高だと思う。

AVTokyoからの帰りに、新宿駅構内にある「壁の穴」というチェーンのイタリアンやさんに入った。

そこで食べたたっぷりきのことベーコンのペペロンチーノがもう死ぬほど美味しかった。

僕は基本安い料理ばかり食べるし、美味しいものは基本がっつくしで美食家とかとはおよそ正反対の人間なので、食レポは書けない。

この記事は、「僕が衝撃を受けた記録」。

そう思ってこの先もこの記事を読む神は読んでほしい。

とりあえず、いつも家で使っている1L300円のオリーブオイルどころか、大学の前にある個人経営のおしゃれなレストランで使っているオイルでさえ嘘っぱちだった。

どうやったらこんな味が出るんだろう。

きのこの旨味はどうやったらこんなに引き出せるんだ。

食べては衝撃を受け、、、を無限ループしながら完食した。

やばかった。

あの味。

あの味。

追記:

食後に出されたコーヒーも美味しかったです。

しっかりとコクがある、強いコーヒーでした。

IT技術なんて知らなければよかった。

IT技術なんて知らなければよかったと、思うことがたまにある。

IT技術がなんの役に立つのだろう。IT技術は目の前の人を助けられる?社会において現在最優先で解決しなければいけない課題は?おもしろい?それ誰に言ってるの?

今この世界で困っている人の中で、IT技術をもって救える人はどのくらいだろうか。

今必要とされているのは、もっと別のことじゃないだろうか。 それは「助けようとする意志」から始まるのではないだろうか。 目の前の人を救いたいと思うことが、今世界にとって最も大切なのでは。

しかし、少なくともIT技術は、ほとんどの場合目の前の人を救えない。

確かにそれは面白い。しかし、面白がるあまり世界から目をそらしてはいけないと思う。

没頭して内輪で完結してはいけないと思う。

なのに自分の周りには、世界に目を向ける場がない。

ハッカソン、ハッカソン、面白さばかりで人を煽って、集めて、内輪で盛り上がって。 製品化したって、それはただ盛り上がった副産物でしかない。 本気で顧客のことを考えていない。

こんな風にIT業界は「おもしろさ」ばかり見て、そこだけ世界から遠ざかっていっているように見える。

別に僕もIT技術に夢を見て入ったわけじゃない。 ただ、頭が悪かっただけだ。

唯一の取り柄がITだっただけだ。

そんなものさえ持ってなければ、僕は他のことをやれていたかもしれないのに。

もっと世界に近い、今の社会のことを本気で考える人々の中にいれたかもしれないのに。

IT技術なんて知らなければよかった。