「重い」人は普通にいる

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そう、なんだよね。それくらい言ってしまって当然だと思ってしまう。

結局「めんどくさく」なってしまうんだよね。言葉はあれだけど、心の表面的な実感としては多分そう。

最初はまあ共感して、「わかるよ」とか言っていられるんだよね。
この「共感」って部分がポイントで、ここで本当に共感してしまうと本当に体力を使う。体力を使うって表現が適切なのかわからないけどすごく毎日がしんどくなる。
他人のために自分の時間が大きく奪われていくのがわかる。でも最初は気にならないんだよね。自分のことで悩んでる感覚とおんなじだし、「他の人のために尽くしてる俺かっけー」みたいな気持ちも手伝って。

相手がつらかったら自分もつらい。あの人があんなに悩んでるんだから自分も一緒に悩んであげよう。否、悩まなきゃダメだよね。

だんだんそういう気持ち自体が自分を苦しませることになっていく。

僕の経験上まず身体的な疲れから来ることが多い。毎晩夜中まで話すことになるので死にそうになる。でもその限りではないかもしれない。

とにかく、「疲れ」てくる。それ以上にリソースを使えなくなり自分のための作業もしたくなくなる。そして楽しいことに目移りがしやすくなるが、すぐに「あの人はあんなに苦しんでるんだから...」って感情で引き戻される。それでまた悩み始める。
こういう悩みっていうのは本当の「悩み」ではないことが多い。だいたいただ「暗い」だけ。だって大半は自分ではどうすることもできない話だから。

相手の方も相手の方で気を使う。「ごめんね」とか言ってしまう。でも「大丈夫だよ」って優しく帰ってくるのを見るとどうしても頼ってしまう。認めてほしい、確かめたいって気持ちがそこにはある。でもそれはいつまでたっても満たされない。それは自分でもわかっている。

そして、一方通行の依存からお互いがお互いを依存する形へ変わっていく。これは意外と早い段階から始まる。

とにかく「重い」関係になる。うまく表せないけど、お互いにお互いを信じきれない中で、無い物を確認しあってる感じ。基本的に人間不信なんだと思う。

その連鎖の後、まつたけさんが書いていたようにどちらかマシな方が、「これ以上自分の幸せを壊される訳にはいかない」と思い始める。と同時に関係を断つには平和的な方法はないと確信する。
疲れ切って朦朧とする頭で。

相手の方は「自分が悪い」ってずっと前からわかっていながらも、最後まですがることしかできなくなっている。
それ以外考えられない。とにかく「どうして...」と「わかってた」という感情。その二つに意味はないのだけれど、そういう言葉しか浮かばない。そんなのでいっぱいになってもう頭ががんがんする中で、目いっぱいに何もないどこかに叫ぶことしかできない。

そうして片方は捨て、片方は捨てられる。

「共感」のレベルが「表層的なもの」にとどまるひとはこうはならない。そういう人は人の気持ちを理解する時にあまりリソースを使わないか、または理論で理解できちゃったり、「こういう時こういう言葉を使えばオッケー」みたいな感じでパターン化してたりする(多分)

そういう人は一定の共感を示し、アドバイスをしたらヤバいとこに行く前に離れてく。ある程度付き合ったらどちらからともなく別れてくこともある。

メンヘラって結局俗に言う「重い」人が重症化した形で、あんまし特殊なものって捉えるのも良くないのかもしれない。

結構ここまで行かなくても、似たような心の動きで人間関係が作られることも割りとあると思う。
ただこういう関係はあまり人を良い方向には変えないなとはいつも感じている。