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ハッカソンはこのままではいけない

「もうハッカソンには出なくていいかな」

ハッカソンに何度か参加して、いろんな人とチームを組むうちに、こんなことを言う人とたくさん出会った。聞くと初参加で、勇気を出して参加したけれども、自分がチームに貢献できなかった、場違いだった、と言う。僕はそういう言葉を聞くたびに、本当に申し訳ない気持ちになる。ああ、また、一人のこれからのハッカソンでの可能性をいくらか奪ってしまった。ごめんなさい。そんな風に心の中で誰にともなく謝りながら、「そうですか〜?」と相槌を打つか、良くても「でも、楽しいですよ」とさりげなく勧めることくらいしかできない。「次こそこの人にとってハッカソンは楽しいものになる」という自信もないからだ。

最近ハッカソンでの詐欺まがいの事件がネットで話題になってるけど、その中のコメントで「ハッカソンはデザイナーとエンジニアのためのものだ」と言う趣旨の発言があった。 (URLは見つけられなかった)

その通りだ。ハッカソンはものづくりを志す人のためにあるべき。だからこそ、ものづくりを志すならどんなレベルの人でも楽しめるイベントであって欲しいと思う。もっと言うなら、上級者と初心者が交流できる場であって欲しいし、それぞれの方向に尖ったエキスパートが力を合わせて今までになかったものを作り出す場所でもあって欲しいと思う。

理想論だと言われるかもしれないけれど、少なくとも一部の上級者しか楽しめないイベントにしてしまってはいけないのではないだろうか。

いろいろな種類のエンジニアやデザイナーやクリエイターが集まって、それぞれの持つものを出しきって一つの作品を作るのがハッカソンの醍醐味であるし、基本的にオープンであり、その後の展開にもつなげやすいのがいいハッカソンの条件だ。また、アイディアを創出する上で重要な問題意識や客観的な視点も初心者の方が優れていることも多いし、何より、ハッカソンを経て最も成長し自信をつけるのは初心者であるはずだ。

言うまでもなく、初心者をハッカソンから追放してはいけない。

「追放なんかしていない。やる気がない奴らが勝手に参加しなくなるだけじゃないか」と思う人もいるだろう。でも僕はそれを違うと思う。今の仕組みでは、技術力がない人々が参加しづらいのは容易に想像できる。つまりそこに救済措置を用意すべきなのは運営なのだ。何かしらの仕組みを用意すべきだと僕は思う。

どんな仕組みかって? それが分かれば簡単なことなんだけど...。

僕はハッカソンが大好きで、エンジニアの素晴らしい文化だと思う。だけど、まだまだ未成熟だ。

もっと多くの人でハッカソンのあり方を考え、議論しなければならないと思う。今のままではいけない。