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高校時代の「小論文」について

ただの思い出なのだけれど、ふと思い出したので書く。

受験対策の時期、もしくはそれ以前でも高校時代にはたくさん小論文を書かされた。もちろん、入試対策。大学によっては、二次試験で小論文を持ってくるところがあったから。僕はこの小論文の練習が、割と好きだった。

文章を書くことが特に好きだったわけではない。読書感想文なんかは大の苦手。でも、この、自分の意見を誰にも邪魔されずに組み立て、練り、そして表現するという時間が好きだったのかもしれない。

ところで、この「小論文」というものは推奨される書き方、構成、手順みたいなものがある程度かっちりと決まっており、最初の段落で「私は筆者の〜という主張に賛成/反対です」と立場を明確にしておくことが(大抵)良しとされていた。

僕は必ず「反対」と書いた。

ひどい時は、設問を読み切る前から。

なんでかって、その方が簡単だったし、そもそも「賛成」の時の書き方がよくわからなかった。賛成しちゃったら、「あなたと意見は一緒です」の一文で終わっちゃうじゃないか! とか考えてた。割と今でも思ってるけど。

とにかく、必ず僕は反対の立場として小論文を書いた。僕は「基本普通、ただハマるとすごく良い」というタイプだったようで、大抵人並みかそれ以上に添削されて戻ってくるけど、たまーにほぼ添削なしの高得点という採点結果をもらった。

そんな感じで日々楽しく小論文を書いていたのだが、ある日、どうしても小論文が書けない、ということがあった。

設問は文書を読んであなたの考えを書け、というお決まりのタイプ。書けない理由は単純だった。「反論が思い浮かばない」

どうしても自分で納得のいく反論が思い浮かばなかった。何度文章を読んでも穴が見つからなかった。

書けなくて、終了時間を過ぎても書けなくて、職員室に移動してその隅で居残った。

でも書けない。その時の設問の文章というのは、鷲田清一さん著のものだった。鷲田清一さんというのは哲学者の方で、論理的なんだけれども、情緒的で詩のように非常に緻密に編まれた文章を書く人だ(と当時は思っていた)。

僕は鷲田さんの本を何冊か読んでいた。そして、彼の文章が好きだった。その小論文の設問も同じだった。その文章を読んだ時があるわけではなかったのだけれど、非常にその文章に納得してしまっていた。その文章に共感されているような感じだった。

だから僕は、とうとうつぎはぎだらけで、悲惨な小論文しか書き上げることができなかった。先生に提出し終えた時には開始から3時間が経っていた。先生がその場で読み始めるので、僕は耐え切れずにそそくさとカバンを持ち、帰るしかなかった。