acomagu's diary

思ったことを書きます。技術的なことは書きません。

一度、いや何度も助けてもらって生きてきたけど、 一度本当につらかったときに「共感」してもらって、本当に救われた思い出がある。

そういう言葉を期待していたわけじゃない、その時はただ「聞かれたから答えた」くらいのつもりで話したんだけど、話し終わった後に

「それは、、つらいよ」

って間をおいて言ってくれた、辛い顔をしてくれた。本当にそれだけだったんだけれど、その時は自分が思っていた以上に、、、元気づけられたし、泣きそうにもなった。

同時に、自分もそうやって人を勇気づけられるひとになりたい、寄り添える人でありたいとも思ったことを覚えている。

残念ながら今はそういうモチベーションはもうあまりないけれども。

そんなふうに、「その人に話してもどうにかなることじゃない」「その人に責任はないし、全く関係もない」という人に話を聴いてもらうだけでも、一つの言葉で想像を絶する助けになったりする。そんなことみんな知ってるのかもしれないけれど、自分はこの経験の驚きを忘れることはないと思う。

さて、僕は今、怒りと悲しみでいっぱいだ。ものを投げつけたくて、泣きたくて、涙を流したくて、怒りに任せて叫びたい。殺してやりたいしみんな嫌い。きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい嫌い嫌い。全部嫌。なくなればいいと思う。もう嫌。僕は死にたくない。でも殺してやりたいと思う。この怒りに理由はない。悲しみに原因はない。誰かが悪いわけじゃない。僕も悪くない。だから

とにかく、とにかくどうしようもない。みんなどうしようもないんだよ。わかるよ。でも僕もどうしようもない。それに気づいてしまったから、これを書き始めた。そんなことない。書いていてどうしようもないんだなって思った。救いようがない。消えればいい。つまり、誰にも話すことはできない。よくあることだ。だってどうしようもない。この怒りを何かにぶつけるわけには行かない。悲しくたってどうしようもない。

だから詩を書いた。だから長々と感想を書く。悲しさに意味がついたら、それは健全になる。意味のない悲しさなんて不健全だ。どうしようもない。この文章の前半だって「どうにかなるかもな」との直感のもとに書いたものだ。でもどうしようもなかった。一応書いておくと間違っても「優しくしてほしい」ということじゃない。僕は人に寄り添えるひとになりたかったな、ってちょっと思い出しただけ。もうどうしようもないの。何よりも友人とか失いたくない。みんなすごいいい人だから失いたくない。みんな悪くない。自分の心のうちには関係ない。関係させたくない。平和であってほしい。というかこの事象を他人に説明できないししたくない。

じゃあなんでまだこれを公開する気でいるかって? 殺してやりたいくらい、悲しいからだ。

そう、二面性。4つの窓とか言ってたっけ。そんなにあるのに、一つしか見せちゃダメな気がする。いつもの自分と違う自分を見せることは罪な気がする。自分の場合もう壊れてるけどさ。それから、みんな悲しいことを飲み込む。つらいこと絶対経験してるのに、見せようとしない。だから自分だけそんなことできない。怖いよ。心のうちで「お前だけじゃないぞ」って批判されるのは。みんな言う世界になればいいのに。

全部くそったれだ。創作とか関係ない。マイルドな表現にしたら外に出せるとか終わってる。自分は今猛烈に悲しくて、怒っている。それを「理由なく」飲み込まなければならないのはおかしい。もしかしたら人を不快にさせるかもしれない。でもそれは僕が悪いわけじゃない。そうよね? 誹謗中傷もしてない。どうでもいいけど。

何言ってんだろ。。。そんなこと誰も。。。このブログも誰も気にしないよね。。。一人で自意識過剰よね。。。いきていけない

息をしていない。

もし望むとしたら... みんな自分の悲しさを公開してほしい。急にこのブログポストの意味が欲しくなった。不安になった。でも僕はこれを公開せずにこの先ずっと生きてはいけないだろう。怖い。怖いよ。どうか誰も反応しないでほしい。